「生きる喜び」を感じる瞬間(幸せ)
前のポストはちょっと違います。実は人生は苦しいのに、すべての瞬間は生きる喜びを感じていると思います。
たくさん瞬間は生きる喜びを感じています。
例えば、朝ご飯を食べる時に喜びを感じています。晩御飯 を食べた時は12時間前なので、朝に私がお腹を空かして、朝ご飯を食べている間に喜びを感じています。私は「今日も起きました」と「今日はどうやって昨日よりもっとよくになりますか」と考えています。朝はよく安らかな時間だって日もまだ始まらなかったので毎朝私が生きる喜びを感じています。さらに、毎日早く起きて、日の早いスタートをすることができて、日の中にもっと時間があるので、いい感じています。
他の瞬間は学んでいる時。本を読むのや何を勉強するのなど生きる喜びも感じています。 本の内容は面白すぎて、たくさんことを習って、その本の内容が分かられている時に私が生きる喜びを感じています。勉強する時も嬉しくになります。例えば日本語や哲学や心理学などを勉強している時は苦しく感じているのに、勉強したの終わった時に勉強の内容を分かるなら、その瞬間に生きる喜びを感じています。
本当に私が習うのはいつも生きる喜びを感じています。勉強して、学んでいる時の間に難しいので(分からないことがたくさん)苦しく感じていますが、私は知っているの感じが私にとっていいことです。いつもその習うのチャレンジは生きる喜びを感じる瞬間です。
運動するの時も生きる喜びを感じています。最近ジョギングをして、純粋な生きる喜びの感じるはランの終わりの前です。最近の3哩の終わる前に(2.5哩くらい)足が痛くて、息切れするのを感じていましたが私は構いませんでした。その時に苦しく感じていますが私はマインドが私を止めさせようとしていることを知っていますので走り続けました。3哩を走りした後で私はすごくいい感じました。
人と話すのも生きる喜びを感じる瞬間ですね。「人間はパンだけでは生きられない」という 意味です。私に友達と両親と兄は人生で大切です。特に兄と恩師です。その人達は私の大切な腹心です。いつも話している時、私がお感得しております。今人々と話して、喜びを感じていますが、私はまだよそ者のように感じます。
それでも、この喜びを感じるのでは私がわがままです。いつか本当の人間になりたいん。
しかし、マインドを克服するのは一番純粋な生きる喜びの感じると思います。マインドを克服できるのが分かって、その生きるの感じるが理解できます。言いましたが、私にとって、毎日自分と本当の自分の闘争です。今の私と理想的な私の闘争という意味です。だから私だけが私の競争です。
シーシュポスの生命のようなです。シーシュポスは一番純粋な生きる喜びを感じるかもしれません。
分からないけど命はきれいだと思う。
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| 又の日 |

その花の写真は菊花みたい花だと思います。花札というのカードゲームは、人生と同じように、忍耐(Patience)と選択に関するものです。闘争(Struggle)は私たちに人生の楽しい時間を感謝することを思い出させます。
ReplyDelete大学の時、留学した友だちが「外国での生活は大変だったけど、克服したときの喜びは特別で、生きている幸せを感じた。日本はつまらない」と言っていたのを思い出しました。アンソニーさんは日常の生活に、闘争と喜びと感謝を感じていて、素晴らしいと思いました。
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