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Showing posts from March, 2021

「生きる喜び」を感じる瞬間(幸せ)

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 前のポストはちょっと違います。実は人生は苦しいのに、すべての瞬間は生きる喜びを感じていると思います。  たくさん瞬間は生きる喜びを感じています。 例えば、朝ご飯を食べる時に喜びを感じています。晩御飯 を食べた時は12時間前なので、朝に私がお腹を空かして、朝ご飯を食べている間に喜びを感じています。私は「今日も起きました」と「今日はどうやって昨日よりもっとよくになりますか」と考えています。朝はよく安らかな時間だって日もまだ始まらなかったので毎朝私が生きる喜びを感じています。さらに、毎日早く起きて、日の早いスタートをすることができて、日の中にもっと時間があるので、いい感じています。 他の瞬間は学んでいる時。本を読むのや何を勉強するのなど生きる喜びも感じています。 本の内容は面白すぎて、たくさんことを習って、その本の内容が分かられている時に私が生きる喜びを感じています。勉強する時も嬉しくになります。例えば日本語や哲学や心理学などを勉強している時は苦しく感じているのに、勉強したの終わった時に勉強の内容を分かるなら、その瞬間に生きる喜びを感じています。 本当に私が習うのはいつも生きる喜びを感じています。勉強して、学んでいる時の間に難しいので(分からないことがたくさん)苦しく感じていますが、私は知っているの感じが私にとっていいことです。いつもその習うのチャレンジは生きる喜びを感じる瞬間です。 運動するの時も生きる喜びを感じています。最近ジョギングをして、純粋な生きる喜びの感じるはランの終わりの前です。最近の3哩の終わる前に(2.5哩くらい)足が痛くて、息切れするのを感じていましたが私は構いませんでした。その時に苦しく感じていますが私はマインドが私を止めさせようとしていることを知っていますので走り続けました。3哩を走りした後で私はすごくいい感じました。 人と話すのも生きる喜びを感じる瞬間ですね。「人間はパンだけでは生きられない」という 意味です。私に友達と両親と兄は人生で大切です。特に兄と恩師です。その人達は私の大切な腹心です。いつも話している時、私がお感得しております。今人々と話して、喜びを感じていますが、私はまだよそ者のように感じます。 それでも、この喜びを感じるのでは私がわがままです。いつか本当の人間になりたいん。 しかし、マインドを克服するのは一番純粋な...

学生時代に頑張っていること(告白)

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実は本当に頭の中で病気です。 しかし、この苦しいことを諦められないですよう。(笑) この大学で過ごした三年間は一つだけ長所に気がつきました。私の特技はいつも失敗しているです。これが私の一番上手なことですね。良いですか。弱いですか。 あまり知りませんが失敗することだけが分かります。 大学生活で何もしませんでした。実は大人だけど、まだ子供のような生活を生きていますね。私は自分の自身を脅かせますね。怖いんです、私はまだ何もしたことがありませんよ! まあ、あまり喜びがありませんよね。いえいえ、違いますね、喜びは何かすることが失敗するを知っています。それは私の目的です。 毎日苦労しています。苦労は毎朝起きるの時に「え、今日も起きていますね。。。まあ、今日も頑張りましょうか」と言います。おかしくない?苦労のことはその日に何が失敗するものを見つけることです。理想的のために、毎日自分のことを1%良くになるは絶え間ない闘争です。だから毎日は痛みのことを感じしています。どうしますか。 この経験でたくさん学ぶことがありますね。でも今はまだ色々なことを習いますが、一番大切なことを気がつきました。これです:何か失敗したら、そのことをもっと習えます。普通な言い方ですね。(笑) この学んだことを社会で生かします。 私だけが私はしていることをすることができるので誰にも私を真似することができません。私だけがそのすることができるです。(笑) しかし、諸君、私は何もすることができないを告白しております。  「私は私の運命の主人です 私は私の魂のキャプテンです」 (別の絵と詩)    

JPNS402のプロジェクト中間報告:演歌とボレロは アメージング !

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 演歌とベトナムのボレロを比べる 選んだ理由: あまり覚えられないですが高校生の時に演歌を聞き始めりました。バイオリンを弾くので、クラシックの音楽が好きになって、日本の伝統的な音楽はどんな音がなと思いました。だから、日本の演歌に興味がありました。そしてベトナムのボレロは子供の時両親がずっと聞いていったので、私もボレロが好きになりました。 演歌とボレロは同じような音楽だと思って、もっと二つの国の音楽の歴史と文化を調べたいと思いました。 調べたこと: 演歌 歴史は長いです。明治時代から「演歌」という言葉が使われ始めりました。1955年から近代的な演歌の意味になりました。他のイベントもありました(1900年、1920年から1940年までに、1940年から1954年までに、1960年から1970年までに、1980年から1990年までに、2000年)。 明治時代に人々は政府に政治的な話を禁止されたので、演歌を使って、話しました。だから演歌の語源は演説(Speech)の歌(Performance)。つまり、政治的な話ができないので、人々は演歌を歌って、政府はこの演歌を取り締まれませんでした。 しかし、近代に(1955年から今までに)演歌は政治的な意味じゃなくて、恋とか人生とk感情の意味になりました。   ベトナムのボレロ 他の言い方は黄色音楽(lit. Yellow Music)。ベトナムの戦争の間に、演歌とスペインと欧米から、影響を受けて、黄色音楽が作れました。 ボレロと近代的な演歌は同じ表現だそうです。(感情の意味がある音楽)  困っていること: 流行歌(lit. Popular Song)流行歌と演歌は同じ音楽ジャンルだそうですが流行歌は演歌の声のスタイルを使いません。では、流行歌も研究しますか。 歴史 90%の情報は二つの歴史なので、歴史については面白くないかもしれません。 どうやって演歌とベトナムのボレロを比べますか。今はあまり情報がないので、ちょっと難しいと思いますが、もっと情報があれば、易しくなるかもしれません。 God I love enka

先生との思い出(僕が決めた)

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先生の中にいろいろな印象に残っている先生がいらっしゃいます。ですが一番印象に残っている先生は私の大学の一年生にお目にかかりました。 大学の一年生に私は初代の大学生のプログラムに入っておりました。その時に先生とお目にかかりました。先生は私に普通の科目を教えてくださいませんでした。授業では大学のライフスキルをお習いしました。先生は優しくて、面白くて、可笑しい先生でした。たくさんのことをご存知なので、いつもオフィスに伺って、お話ししました。授業ではなくて、オフィスでさらにお話することを楽しみました。 初代の大学生なので、大学生の生活があまり分かりませんでした。ですが、いつも先生とお話ししました。私は問題があった時も、先生に伺って、先生がいつも解いてくれました。時間とともに先生と友達になりしました。先生と私はいろいろな可笑しい話題をお話しして、自分のやる気もお話ししました。 一年くらい後で、先生は奥さんの仕事のためにオランダにいらっしゃらなければいけませんでした。プログラムは先生のために送別会をお開きになりました。私は全然うかがいたいくなったです。ですが、それは失礼だと思っていましたので、伺いました。恥ずかしいけれど、赤ちゃんのよう泣きしました。その時は最後のお目にかかれる時あったので、とても悲しく感じました。そのようなに泣くのは生まれて初めてでした。その時に兄がお去りになるのような気がしました。 今先生にお目にかかれるなら、まだ何もお伝えしたくないです。先生がオランダにいらっしゃる前に、私は先生に「次のお目にかかる時、私は生きるつもりです」と申しあげました。ですが、今は、いつもお目にかかりたいですが、今はまだです。今先生との約束を果たしていませんので絶対にお目にかかれません。 全部の先生に、今は私が苦労していて、私のことを信じてくださっているので、全部の先生のために一生懸命頑張りしております。 魂をお償還する